弘法大師の教えを守る真言宗のお寺
鶯谷駅からほど近く、いわゆる谷根千(谷中、根津、千駄木)と呼ばれるエリアは古くからの街並みが多く残っており非常にレトロで温かみのあるエリアとして散歩に大人気となっています。
同時にこの周辺には多くの神社・寺があることでも知られ、「神社・寺ガール」とも呼ばれるお寺めぐりを趣味とする若い女性などにとっての定番スポットともなっている場所です。
多くのお寺の中でも、おそらくもっとも古いと言われているのが「西蔵院」で、このお寺の歴史はなんと室町時代にまでさかのぼります。
正確な建立がいつなのか、資料では明確ではないものの少なくとも1400年代の資料に「西蔵院」の名前があるため、江戸時代より前からあったことが知られている由緒あるお寺です。
この西蔵院は弘法大師の教えを忠実に守る真言宗派の寺院であり、圓明山宝福寺と号しています。
荒川辺八十八か所霊場の二番札所でもあり、未だに多くの参拝者が後を絶たないのです。
江戸時代においては、石稲荷社や三島社などの別当寺を勤めていました。
鶯谷駅からも徒歩でほどなくの距離にあるため、その由緒を知らずとも雰囲気のある境内をのんびり周るにも最適なスポットだと言えるでしょう。
入り口には立派な山門があり、それだけでも見る価値がありますので鶯谷のあたりに立ち寄った際にはぜひこの西蔵院を思い出して訪問してみましょう。
根岸小学校の発祥の記念碑などもあり、地元の人にとっても非常に重要で思い出深い場所となっています。
有名な「御行の松」は本殿ではなく外の不動院にありますので、そちらを見る場合にはいったん出てから向かいましょう。
池波正太郎「鬼平犯科帳」に登場!
仏教の国である日本全国には多くのお寺や神社仏閣が存在するのですが、その数ある神社・寺のなかで、この西蔵院はかなり知名度が高い部類に入ります。
もちろん鶯谷でも指折りの歴史あるお寺だということもその理由の一つではあるのですが、もうひとつこの西蔵院の名前を全国的に高めたものがあるのです。
それが、池波正太郎原作の「鬼平犯科帳」であり、この作品に西蔵院が登場したことで多くの人の目にとまる機会があったという理由が大きいでしょう。
この鬼平犯科帳は池波氏の代表作とも言える時代劇小説で、原作の書籍はもちろんテレビドラマにもなって何期にもわたり放映されお茶の間の人気をさらいました。
西蔵院はドラマ中でも登場し、いくつかのエピソードの舞台となって劇中の雰囲気を盛り上げるのに一役買っていたのです。
その他、江戸時代の随筆集などにも名前が出ており江戸時代を通じて人々の信仰や心のよりどころとなっていたことが伺えます。
とくに西蔵院がフィーチャーされているのは第15巻、長編の「雲竜剣」のエピソードです。
主人公の長谷川平蔵が江戸で起こった殺人事件を追ううち、現在の鶯谷付近に原因があると睨んで火付盗賊改たちとともに周辺を見張ることになるエピソードがあるのですが、この目明し(今で言う警察官たち)が拠点とするたまり場として西蔵院が登場します。
ドラマ中でも実際の西蔵院が使用され、当時の様子を伺い知ることができるようになっているのです。
実際にドラマを見てから、あるいは原作を読んでから西蔵院を訪れるとまた違った視点でこの歴史ある寺院を見ることができるのではないでしょうか。
江戸の人々に根岸の大松と親しまれた「御行の松」
西蔵院は別名を大松さんとも呼ばれて親しまれていますが、この名前の由来となったのは代々境内に植えられていた巨大な松の木がその語源になっていると言われています。
この巨大な樹は、他の寺院にあった大きな木と共に「根岸の三木」と呼ばれて地元の人たちから信仰の対象となり親しまれてきました。
数百年も前のことですから、現在の西蔵院にある松の木は残念ながら当時のものではなく三代目となります。
しかし、実はその初代のものとされる根岸の大松、通称「御行の松」は枯れてしまったものの根の部分が保存されており、拝観することが出来るのです。
本殿のほうではなく以前に本殿があった、不動院の近くに祀られていますので是非西蔵院に寄った際には見ておきましょう。
数百年も経っているにも関わらず、現在でもその堂々とした大きい松の根からはパワーを感じることが出来、人気スポットとなっています。
一説には樹齢が350年であり、天然記念物に指定されていたこの松は今でも人々を集める力を持っているのです。
明治期の有名な俳人、正岡子規もこの西蔵院を訪れたことがあり、現在と同じこの「御行の松」を見て感銘を受けて歌を詠みました。
「うすみどり御行の松は霞みけり」というもので、この俳句に関する説明書きもお寺の内部に建ててあります。
室町、江戸、明治、それ以降の現代の人々に脈々と受け継がれ愛されてきたこの西蔵院は平成やその次の時代にも鶯谷の場所にあり、憩いの場としても役割を果たし続けていくと考えられているのです。
鶯谷近辺に立ち寄り、時間が空いたタイミングなどあればぜひこの歴史を感じられるお寺に寄ってみましょう。